2013年6月29日土曜日

11. 参議篁

小野篁。小野小町との関係は、よくわかってはいない。

遣唐使船を巡って、正史と一悶着を起こし、それを皮肉った歌を作ったことで、嵯峨天皇の逆鱗に触れ、隠岐の島への島流しにあった。その時の歌。

この歌集の選者といわれる藤原定家は、それとは少し違った状況を経験している。

自分が使えていた後鳥羽上皇は、鎌倉幕府に対抗して敗れ、隠岐の島に流された。始めはその上皇に厚遇された定家だが、その後は、両者の関係は悪化した、といわれている。

続く、文徳天皇からは厚い信頼を受けていた。書の名人としても知られている。和歌よりは、漢詩の方が巧みであったようだ。

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