2014年2月23日日曜日

36. 清原深養父

42番歌の清原元輔の祖父。そして、62番歌の清少納言の曾祖父にあたる人物。

官位は低く、従五位下。琴の奏者としても優れた才能を持っていた。

サロンを主催していた藤原兼輔、紀貫之とも深い交流があったという。

36. なつのよはまだよひながらあけぬるを

なつのよはまだよひながらあけぬるを くものいつこにつきやどるらむ

夏の夜の短さを表すために、まだ月が沈みきらないうちに、夜が明けてしまい、月は雲のどこかでに、宿をとっている、と詠んでいる。

シャレの効いた、技巧的な作品。

いかにも、平安貴族が詠んだ歌、という感じがする。

月といえば、秋の月がよく詠まれる。この歌では、夏の夜の短さにかけて、月を登場させている。

作者は、ここでは夏の月に魅せられている。月を見たいのに、雲の後ろに隠れてしまった、というニュアンスがある。

夏の夜の暑さに、眠れなかったのだろうか、それとも、物思いに耽っていたのだろうか。

月は、自分が思う人の象徴なのかもしれない。

2014年2月22日土曜日

35. 紀貫之

醍醐天皇の勅命による『古今和歌集』の中心的な選者であり、その仮名序における歌論も秀逸。最も有名な歌人の一人。

その歌も、かなりひねった内容のものが多く、まさに和歌の職人。

官位は低く、従五位上の木工権頭という役職だった。

『土佐日記』という日記文学の作品もある。

日本文学史上において、実に巨大な存在である。

35. ひとはいさこころもしらずふるさとは

ひとはいさ こころもしらず ふるさとは はなぞむかしの かににほひける

故郷(奈良の都)は、花のにおいも昔とは変わっていないのに、人の心は、どうでしょうか?(変わってしまった)

人の心の変わり身の早さを皮肉った、ウィットの効いた名句。

しかし、よくよく見てみると、かなりいろいろなことを、考えさせられる。

花は、毎年枯れて、翌年新しい花が咲く。しかし、そのにおいは変わらない。

奈良の都に花が咲いている風景、そこに香る、花の香りは変わらない。

人は、年をとるとはいえ、表面的には同じ人間で、しかし、その中味である心が変わってしまう。

しかし、その感じ方は個人差がある。相手の心は変わっていなくても、こちらの受け取りが方が変わると、心が変わってしまったようにも思える。

果たして、本当に変わってしまったのは、相手の心なのか、故郷の景色なのか、それとも、自分自身なのか?

うーん。単純に歌のウィットを楽しんでいるだけの方が、良さそうだ。