2013年10月12日土曜日

22. 文屋康秀

文屋康秀の文屋、という名字は、他に聞いたことがない。

家自体は、低い身分の家だった、という。

しかし、文屋康秀は、古今集の仮名序にも登場するほどの、歌の名手だった。

22. ふくからにあきのくさきのしほるれば

ふくからに あきのくさきの しほるれば むべやまかぜを あらしといふらむ

嵐という字は、山と風という字から構成されている。山から吹く風は、草木を荒らしてしまうので、その嵐という字が生まれたのだ、との解釈をそのまま歌っている。

いかにも優雅でお気軽な貴族社会的な内容の歌になっている。

中国の六朝文化の離合詩というジャンルは、こうした文字の造りや意味を扱った作品が多く、その影響を受けたと言われている。

前の歌と同様に、秋をテーマにしている。

秋というと、穏やかで静かなイメージがあるが、この歌では、山風が草木をしおらせてしまう、という激しい秋のイメージを歌っている。というより、次の冬が近づいている、ということなのかもしれない。

21. 素性法師

素性法師は、遍照法師の出家前に設けた子。

当初は宮廷人を務めていたが、後に、父と同様に出家した。

宇多天皇の庇護を受けていたという。

古今集では、四番目に多く歌が採用されている。

それにしても、僧侶で歌人というパターンが多い。皇族や貴族から僧侶になる場合は、真面目に仏道を行うのではなく、歌や書などの世界に力を入れたのだろう。

21. いまこむといひしばかりにながつきの

いまこむと いひしばかりに ながつきの ありあけのつきを まちいづるかな

実に、わかりやすく、そして、読みやすい歌だ。

解釈については、選者といわれる定家は、いつのまにか秋になってしまった、という、長い期間を待ち続けた、という解釈をとっている。

一般的には、一晩待っているうちに、有明の月が出て来てしまった、という、一夜の出来事、という解釈が行われている。

恋する人の言葉を信じて待ち続ける女性。秋の夜。有明の月。あまりにも、紋切り型になりがちな題材を使い、これほどの歌にしたてるあたり、かなりの技術力の高さが感じられる。

20. 元良親王

その奇行から、天皇の座から追われた、陽成天皇の第一皇子。

そうした背景から、天皇にはなれず、その代わりのように、歌や恋に生きたのだろうか。

20. わびぬればいまはたおなじなにはなる

わびぬれば いまはたおなじ なにはなる みをつくしても あはむとぞおもふ

この身を尽くしても、あなたに会いたい、という激しい恋を歌っている。

前の歌と違い、こちらは、最初と最後に心情が歌われ、間に情景が入って、それが後半の心情表現との掛詞になっている。

”澪標”と”身を尽くす”というシャレになっており、澪標という言葉自体が、恋する相手のために身を捧げる、という意味にもなっている。

前の歌と同じく、難波を舞台に、激しい恋の思いを歌っている。難波という土地には、そうしたイメージがあったのだろう。

冒頭の、わび、という表現は、後世の侘び、とはかなり意味が違っている。