2014年6月8日日曜日

41. 壬生忠見

30番の壬生忠岑の子。身分は低く、地方役人を歴任したという。

41. こひすてふわかなはまたきたちにけり

こひすてふわかなはまたきたちにけり ひとしれすこそおもひそめしか

40番の歌と、村上天皇の午前の歌会で争った曲。

先の歌とは少し違ったアプローチ。自分の恋心が噂になってしまった、密かに心の中で思っていたのに、とその順番が逆になっている。

40. 平兼盛

光孝天皇の系列に連なる人物で、村上天皇から数えて、5代の天皇に、歌人として仕えた。

40. しのふれといろにいてにけりわかこひは

しのふれといろにいてにけりわかこひは ものやおもふとひとのとふまて

この歌と、次の41番の歌は、960年、村上天皇の午前の歌合わせで競い合い、最後は、天皇自らの判定で、この歌が勝ちとなった。

心の奥にとどめているはずの恋心だが、あまりのその思いが強いために、表面に出てしまい、それが他人にもあからさまにわかってしまう、という内容。

31文字という短い形式でありながら、恋をして、その思いが強くなり、表面に出てしまい、人が尋ねるようになる、という、まるで短編小説のような内容になっている。

39. 参議等

源等のこと。

50歳を過ぎてから、参議になったという。

歌人としてもあまり有名ではない。選者はこの歌自体を、深く愛していたのだろう。

39. あさちふのをののしのはらしのふれと

あさちふのをののしのはらしのふれと あまりてなとかひとのこひしき

前の句で、浅茅生の小野の篠原、という名詞を冒頭に出して、篠と忍ぶという言葉をかけて、後半には、ただ人恋しい、という恋心を詠っている。

忍ぶれど・・・恋しき、と前と後ろの句の最後が、この歌のテーマを表している。

あまりて、思いあまって。などか、どうして。という言葉も、深い恋の思いをよく言い表している。

具体的な地名を伴った情景、その中の言葉の連想から、気持ちを引き出して、後半で、自分の思いを語る。和歌のひとつの典型的なパターンを表している。

38. 右近

父の官位、右近衛少将から、その名前がそう呼ばれている。

醍醐天皇の后、隠子の女房を務めていた。

恋多き女性で、多くの男性と関係していたという。

38. わすらるるみをはおもはすちかひてし

わすらるるみをはおもはすちかひてし ひとのいのちのをしくもあるかな

神にかけて、君のことを忘れない、と誓った相手が、あっさりと自分のことを忘れてしまったが、その相手が、誓いを破ったことで、死んでしまうことを、惜しいことだと嘆いている。

相手の変心に対する恨みを、皮肉を利かせた、凝った表現で表している。

37. 文屋朝康

文屋朝康 は、22番の作者、文屋康秀の子。

父の歌は、

ふくからにあきのくさきのしをるれは むへやまかせをあらしといふらむ

と、同じ秋の風の情景を詠っている。

この歌集の選者は、文屋親子は、秋の風を歌う点で、評価していたのかもしれない。

37. しらつゆにかせのふきしくあきののは

しらつゆにかせのふきしくあきののは つらぬきとめぬたまそちりける

白露を、真珠の玉に見立てて、秋の強い風に、草の上にあった白露が、乱れ飛ぶ様子を歌っている。

自分の心の不安さ、あるいは、周りの状況の不安さを詠っているのかもしれない。

白露、風、秋、玉、などの、美しいイメージを連想させる言葉がちりばめられている。