恋大き女性の代名詞のような人物。
藤原仲平、時平の兄弟と関係がありながら、宇多天皇の子を宿し、その子が早世した後は、その宇多天皇の別の皇子の子も産んでいる。
歌の内容は、そうした恋多き人物にピッタリの内容。
女性らしいとか、奥ゆかしい、という一般的な女性のイメージとはほど遠い、まさに、恋に生きる女性。
武士の時代が訪れるまでは、こうした女性は、それほど特別ではなかったのだろう。
2013年9月15日日曜日
19. なにわがたみじかきあしのふしのまも
なにわがた みじかきあしの ふしのまも あはでこのよを すぐしてよとや
前半で情景を歌い、後半に心情を歌っている。
その間にある、葦の節の間、という部分が、両者をつなぐ役割を果たしている。
難波潟に、葦が一面に広がっている広陵とした雰囲気が、後半の、会ってくれない恋人を恨んでいる、読み手の心の悲しさを、より強調している。
密集している葦の間、ということは、ほんのわずかな間、という意味合いで、その短い時間でさえ会ってくれない、という恋の恨み節。
どうやって、この世を過ごしていけばいいのか・・・
技巧的には、かなり高度な歌だ。
前半で情景を歌い、後半に心情を歌っている。
その間にある、葦の節の間、という部分が、両者をつなぐ役割を果たしている。
難波潟に、葦が一面に広がっている広陵とした雰囲気が、後半の、会ってくれない恋人を恨んでいる、読み手の心の悲しさを、より強調している。
密集している葦の間、ということは、ほんのわずかな間、という意味合いで、その短い時間でさえ会ってくれない、という恋の恨み節。
どうやって、この世を過ごしていけばいいのか・・・
技巧的には、かなり高度な歌だ。
18. 藤原敏行朝臣
能書家としても有名。
秋来ぬと目にはさやかに見えねども風の音にぞおどろかれぬる
という、この百人一首にとられた歌よりも、よくしられた和歌があるが、選者は、この歌集の方の、技巧生の高い歌を選んでいる。
妻は、在原業平の妻の妹。
秋来ぬと目にはさやかに見えねども風の音にぞおどろかれぬる
という、この百人一首にとられた歌よりも、よくしられた和歌があるが、選者は、この歌集の方の、技巧生の高い歌を選んでいる。
18. すみのえのきしによるなみよるさへや
すみのえの きしによるなみ よるさへや ゆめのかよひじ ひとめよくらむ
現在の住吉大社からは想像もできないが、平安時代には、まだ海がすぐ近くにあったのだろう。
岸に寄る波、のよる、という言葉から、夜を導き、そこから夢を引き出し、幻想的な雰囲気を漂わせている。
実際の世界では会えないので、せめて、夢の中でも合いたいという恋心を歌っている。住吉大社に、その願いを行っている、という意味もあるのだろう。
女性の立場で読んだという解釈と、男性の立場で詠んだという二つの解釈がある。
現在の住吉大社からは想像もできないが、平安時代には、まだ海がすぐ近くにあったのだろう。
岸に寄る波、のよる、という言葉から、夜を導き、そこから夢を引き出し、幻想的な雰囲気を漂わせている。
実際の世界では会えないので、せめて、夢の中でも合いたいという恋心を歌っている。住吉大社に、その願いを行っている、という意味もあるのだろう。
女性の立場で読んだという解釈と、男性の立場で詠んだという二つの解釈がある。
17. 在原業平
16番目の歌の作者、行平の異母弟。しかし、この弟の方が、兄よりよほど有名。
伊勢物語の主人公とされ、数多くの名歌が残されているが、選者は、あえて、この技巧を駆使した、この歌を選択した。
屏風絵を詠んだ、という珍しさからか、あるいは、あえて違う解釈をとった歌を残したかったのか、知る由はない。
伊勢物語で、全国を旅したと考えられた業平なので、あえて、どこにも行かず、屏風を見て詠んだ歌を、選んだのかもしれない。
伊勢物語の主人公とされ、数多くの名歌が残されているが、選者は、あえて、この技巧を駆使した、この歌を選択した。
屏風絵を詠んだ、という珍しさからか、あるいは、あえて違う解釈をとった歌を残したかったのか、知る由はない。
伊勢物語で、全国を旅したと考えられた業平なので、あえて、どこにも行かず、屏風を見て詠んだ歌を、選んだのかもしれない。
17. ちはやぶるかみよもしらずたつたがわ
ちはやぶる かみよもしらず たつたがわ からくれないに みずくぐるとは
屏風に書かれた、紅葉が川を覆っている絵を見て、詠んだと言われている。
作者と選者で、歌の解釈が違っている。作者は、くぐるを染めると意味し、選者はくぐるを潜ると解釈した。
作者の意図と違う解釈をしたということが、選者としての定家の凄さだろう。現代における、評論活動の独立性を、古代の昔に、すでに行っていた。
いずれにしろ、和歌としての技巧に溢れていて、浮世離れした平安貴族の和歌、という印象だ。
屏風に書かれた、紅葉が川を覆っている絵を見て、詠んだと言われている。
作者と選者で、歌の解釈が違っている。作者は、くぐるを染めると意味し、選者はくぐるを潜ると解釈した。
作者の意図と違う解釈をしたということが、選者としての定家の凄さだろう。現代における、評論活動の独立性を、古代の昔に、すでに行っていた。
いずれにしろ、和歌としての技巧に溢れていて、浮世離れした平安貴族の和歌、という印象だ。
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