2013年12月28日土曜日

27. 中納言兼輔

紀貫之らと交流があった、当時の代表的な歌人。紫式部の曾祖父にあたる人物。

賀茂川の堤に邸宅があったので、堤中納言と呼ばれ、その元には、紀貫之らが訪れ、サロンのような存在だったという。

この歌は、実際は兼輔の歌ではなく、詠み人知らずの歌だったようだ。

この歌集には、そうした歌がいくつかある。果たして、選者は、詠み人知らずと知りながら、それでもその歌が素晴しいので採用したのか、別な意図があったのか。

0 件のコメント:

コメントを投稿