2013年8月24日土曜日

14. 河原左大臣

河原左大臣とは、源融のこと。

嵯峨天皇の十二番目の皇子。臣籍に下り、源を称し、従一位左大臣まで登りつめた。

陽成天皇が即位し、藤原基経が摂政となったため、その地位を退いた。

東六条に、広大な河原院という屋敷を作り、東北の塩釜の風景をもした施設を作り、わざわ海から海水を運ばせて、塩を作ったという。

源氏物語の光源氏のモデルとも言われている。世阿弥の能『融』も、そこから題材を得ている。

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